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東京高等裁判所 平成5年(う)987号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年二月に処する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人加藤木正紀が提出した控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

一  控訴趣意第一(事実誤認等の主張)について

所論は、要するに、原判決は、被告人がその行為前一〇年内に三回窃盗罪あるいは常習累犯窃盗罪で六月以上の懲役刑の執行を受け、更に常習として、平成五年六月四日午後六時一〇分ころ、株式会社甲野ストア学芸大学店一階食料品売場において缶詰二缶を窃取したとして常習累犯窃盗罪の成立を認め、盗犯等の防止及び処分に関する法律三条、二条(刑法二三五条)を適用しているが、被告人には本件窃盗について常習性が認められないから、原判決には、この点で判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認及び法令適用の誤りがある、というのである。

そこで、記録を精査し、当審における事実取調の結果を併せて検討すると、被告人には右の前科があるので、その点では盗犯等の防止及び処分に関する法律三条所定の処罰歴の要件を備えているということができる。しかしながら、同条の罪が成立するためには、常習性のあること即ち本件が窃盗の習癖の発現としてなされたものであることが必要である。

そこで更にこの点につき検討すると、記録によれば、本件は、被告人が株式会社甲野ストア学芸大学店一階食料品売場で食料品を買い求めて一旦店外に出た後、同棲している女性のためにカニの缶詰を買おうと思いついて再度右食料品売場に戻り、陳列棚からカニの缶詰四缶を手にした後二缶を戻し、続いて隙を窺い残りの二缶を持つていた甲野ストアのビニール袋に素早く入れて盗取した、といういわゆる万引の事案であり、その動機につき、被告人は、本件当時六万円位の現金を所持していたが、レジが混んでいた上缶詰の値段(一個一四八〇円)も高いと思つたことから代金を払わずこれを盗んでしまおうと考えた旨述べており、これを覆すに足る証拠もない。

このように本件は万引一件の事案であるが、記録を調べても、被告人が当時他に万引をやつていたことを伺わせる証拠は見当たらない。もつとも被告人は本件当時ドライバー二本及び軍手一双を所持していたことが認められ、被告人は、これはカーテンの取付けをするなどした時に使つたもので預金通帳など他の私物とともにセカンドバッグに入れて持ち歩いていたものであると述べているが、その点の真偽はともかくとして、このことから被告人が万引を常習としていたと認めることもできない。

被告人には、昭和四五年以来多数の窃盗等の前科があり、古いものの内容は分らないが、原判示の昭和五八年以降の窃盗及び常習累犯窃盗は、いずれも古いアパートに所携のドライバーで錠のラッチを送るなどして侵入し、すべて現金を盗んだもの(但し、現金とともにライター一個を盗んだものが一件ある。)であり、平成二年及び三年の住居侵入の前科もアパートに窃盗目的で侵入したものであつて、これらはいずれも本件とは著しくその態様を異にする。

このように、本件は、スーパーマーケットで買い物をした折りに缶詰二缶を万引した事案であつて、他に万引の事犯は全く伺われず、多数ある窃盗等の前科も、その犯行がアパートでの侵入盗などで本件とはその動機、態様を著しく異にし、結局本件が窃盗の習癖の発現としてなされたもので常習性があるとは認められない。原判決は、この点において事実を誤認し、法令の適用を誤つたものといわなければならず、右の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

論旨は理由がある。

二  結論及び自判

よつて、その余の論旨(量刑不当)に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、平成五年六月四日午後六時一〇分ころ、東京都目黒区《番地略》所在の株式会社甲野ストア学芸大学店一階食料品売場において、同店店長A管理に係る缶詰二缶(販売価格合計二九六〇円相当)を窃取したものである。

(証拠の標目)《略》

(累犯前科)

原判決記載のとおりである(但し、原判示(2)の前科は、関係証拠によれば同(1)の仮出獄期間中の犯行であることが明らかであるから、「その後犯した」とある(この点の原判決には誤りがある。)のを削除する。)。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二三五条に該当するが、前記の前科があるので同法五九条、五六条一項、五七条により三犯の加重をした刑期の範囲内で処断すべきところ、本件は、同棲している女性のためカニの缶詰を買おうとしたものの、レジが混み合い缶詰の値段も高いことからこれを窃取した、といういわゆる万引き一件の事案であるが、右動機にはなんら酌量の余地はなく、被告人には前記のとおり窃盗罪や窃盗目的の住居侵入罪等の前科が多数あり、平成五年一月に最終刑の執行を受け終わつたのに、その後わずか四か月余にしてまた本件犯行を犯すに至つたもので、規範意識の欠如は顕著であつて再犯のおそれも認められることなどを併せ考えると、その罪責は軽視できないが、他方、本件は犯行直後に発覚しその場で被害品も返還されていること、被告人が反省の態度を示し、今後は調理師の資格を生かして更生したい旨述べていること、その年齢等被告人のため酌むべき諸般の事情も認められるので、これらを総合勘案して被告人を懲役一年二月に処し、原審及び当審における訴訟費用を負担させないことにつき刑訴法一八一条一項但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近藤和義 裁判官 栗原宏武 裁判官 高麗邦彦)

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